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Vol.89 - 横山健の別に危なくないコラム

音楽 読書

Vol.89 - 横山健の別に危なくないコラム

 

すごくいいコラムだったので紹介します。長いので私の気に入った部分をピックアップしてみます。

意味がないからやるのだ。
いや、意味がなくなったから、意味が出てきたのだ。

時代の流れとは恐ろしいものだ。だってもはやパソコンにはドライブすら標準装備していなく、若い子は CD の取り込み方すら知らないというのだから(そりゃ CD なんて売れるわきゃーない)。
 音楽の再生を取り巻く環境は「過去最悪を更新中」なのである。

オレはステージから「今日は楽しんでって欲しい。でも国会ではこうなってる。もし日本が戦争に参加するなんてことが国会で容認されたら、死ぬのはオレじゃなくて、キミらの子ども達だぞ。だから、今日は存分に暴れて歌って楽しんで、明日このことについて考える時間も持って欲しい」と問いかけた。オレはこれだってロックンローラーが教えるべきことだと思ってやっている。我ながら、キチンと筋の通ったことを話せたと思ったから、それをそのまま歌詞にした。

 子ども達に「この楓太くんのお父さんは、この小学校を卒業し、普通にこの地域で学び、なにも特別なことはしなかった。留学もしたことがない。でも英語を全然流暢じゃないが、話せる。お陰で世界中いろんなところで演奏して、今でも世界中の人と話ができる。特別な教育を受けなくても、自分次第で英語は話せるようになる、それを実際にしているのが、あなた方の目の前にいる楓太のお父さんです」と話しかけた。
 その時の子ども達の眼差しが素晴らしかったのだ。もちろん興味がなくて寝ちゃってる子だっている。でも興味がある子は、目を爛々と輝かせいろいろと質問してくる。とても純粋無垢な眼差しと言葉で。なんか異様に胸を打たれた。そしていかにこの子達がまだまだなにも知らない命、守られるべき存在であるかを感じ、さらにはこの子達の将来の可能性も感じたのだ。そうなのだ、子どもは可能性のかたまりなのだ。

 ここはカッコつけて言うが、オレ自身や Ken Band はこの際どうでも良い。ただアイドル、アニメ主題歌が全盛のいまの時代、子ども達はロックンロール/パンクロックの存在など知らないだろう。なにしろわかりやすいキッカケがないのだから。大人達も忘れてしまっているだろう。かつてハイスタに熱狂した世代も、年を重ねるにつれて仕事が忙しくなったり、家庭を持ったり、子どもの世話に追われたり...きっとロックンロールどころではなくなった人も多いはずだ。
 子ども達には「こんなラフな音楽あるんだよ、ロックンロールっていうんだよ」っていうのを見せたかったし、大人達には「ほら、かつて君達が熱狂したあれ、まだ死んでねぇぞ」っていうのを届けたくなった。

 アイドル、アニメ、ジャニーズ、Exile...なぜロックが彼らに負けているか、単純に分かりやすいアイコンが、分かりやすい出方をしてないのだ。これでは若者や子ども達が「ロックで夢を見る」ことなどできるわけない。「あの人みたいになりたい!」って思うアイコンがお茶の間にはいないのだから。その点アイドルやシンガー達には、力強い露出をし、子ども達の憧れの対象になっている人がいっぱいいる。そちらを目指すようになることに、なんの不思議もない。

テレビの威力はやはり強大だ。オレはここ数年ずーっと感じていたのだが、これだけインターネットが普及し、個人個人で様々な情報を発信できる。年々テレビ離れが進んでると聞く。
 しかしそれで逆に、テレビは「選ばれた者のみが出れるメディア」へと変貌していることに気づいている自分がいた。これは雑誌もラジオも然り。それは昔からそうなのだが、改めて思う。
 ネットでの発信が容易になった分、その色合いを強めていると感じる。
 つまり、オレはテレビに出ようと思うなら、その前に「テレビに選ばれなければいけない」のだ。

 こちらからお願いして出させてもらう以上、マナーを守る必要がある。まず刺青。テレビ、特にゴールデンタイムは不特定多数の人が流し見もするので、そこでオレみたいなもんが刺青丸出しで出てたら、「なんであんなもん出すんだ!」と気を悪くする人もいるだろう。それこそクレームでも寄せられたら「横山なんか出すんじゃなかった」と思われるだろう。まぁなにしろオレの刺青ったら、「おしゃれタトゥー」でもないので...パッと見、ただの「輩」だ。正直言って刺青を隠すのは楽しいことではなかったが、今回の突っ張りどころはそこじゃないと充分理解してたので自主規制、長袖を着て出ることにした。

 エキセントリックな言動もしないよう気を遣った。オレはライブハウスシーンを勝手に背負った。「ロックバンドとはエキセントリックな言動をするもの」だが...例えばオレが奇抜な言動をした結果、後のライブハウスバンドがMステに出演する機会を奪われることになったら、これまたオレとしては全然出る意味ない。「だからライブハウスバンドはイヤなんだ!」と思われたら最後だ。ここも今回の突っ張りどころではない。
 いろいろと鑑みた結果、「オレはたぶん、その場にいるだけで異質なんだ」と信じてやることにした。

同じ土俵に立って、それでも彼らに負けるなら、それでも視聴者がそう判断するなら、そりゃもう彼らの方が魅力的なんだろうし、オレに魅力がないんだろうし...いよいよ観念の時だった。もう言い訳や言い逃れはできない。 

 事実、ハイスタが活躍していた90年代後半はバンドが全盛期だった。学校で例えると、クラスの暴れん坊や目立ってる連中、情報の早い連中にハイスタは支持された。しかしそのポジションはしばらくすると、ヒップホップにさらわれた。悪くて尖った連中が、昔ならバンドに向かっていたはずの連中が、「ヒップホップの方がかっこいいじゃん」と、そっちを選ぶようになっていった。そりゃそうだ、ヒップホップの方が生っちょろくなっていったロックバンドの発信よりも、よっぽど強い発信をしてたし、見た目もカッコよかった。ヒップホップとダンス文化はクラブカルチャーというところで密接な関係にある。尖った若いガキ、かわいい女の子がそっちに流れて当然である。それがとてもわかりやすい形として、宇多田ヒカルさんやリップスライムなどのスターを生んだ。強烈なアイコンを擁する「ヒップホップ/ダンス」に、ロックは一回、負けているのである。
 さらに AKB をはじめとしたアイドルグループの活躍。ちょっと前を考えると、韓流のブレイク(少女時代や KARA)もあった。子ども達が「歌もうまいしダンスもかっこいい、なおかつ顔が良い」人達をテレビで見かけると、当然魅力的に映る。

 いまやお茶の間においてはパンクロックなど入る余地もなく、それどころかロックそのものが、楽器を持つ人の存在が、小さなものになっている。それを言いたかっただけなのだ。それが「若い子達に『ロックンロールって、楽器を弾くことって、カッコいいもんなんだよ』って、オレみたいなもんがパフォーマンスすることで思ってもらえたら...」という言葉になった。 
 だからオレはライブハウスシーンやバンドマン達の気持ちを、甚だ勝手にではあるが、背負って出たのだ。 

 三代目 J Soul Brothers のメンバーも NMB48 のメンバーも、ロックに触れる機会はあったのだ。しかし、ダンスや歌、アイドルの道を選んだ。そして実際、いまでは彼らを目指す子ども達は多いだろう。
 
 ロックンロールも、そうあらねば、そうであって欲しいのだ。
 オレがMステに出演させてもらって伝えたかったのは、その1点のみなのだ。

 希望を言えば、バンド達に後に続いてもらいたい。オレだけでこれを伝えるのは無理だ。オレの今回の行動や想いに賛同してくれるバンドマン達がいるなら、ぜひ後に続いてもらいたい。
 ロックンロールな音源をバンバン売って、テレビにもどんどん出してもらって、めちゃくちゃ人気者になって欲しい。子ども達に「ロックンロールってかっこいいね!」って思わせてやって欲しい。
 もちろんオレだってまだ諦めたわけじゃない。今まで出なかったけど出れそうなところがあったら、バンバン出て行く。悪いがまだまだ引っ込まない。

 ロックンロールにはまだまだ夢があるのだ。ギターや楽器には素晴らしい世界がある。

 それこそ、シンガーの世界、ダンスの世界、アイドルの世界と同じように。

 素晴らしすぎる文章で、もっともっと長い文章なのになんども読んでしまった。なんか少し涙も出てしまいました。私もこんな文章が書きたい。ぜひ、全文読んでみてください。