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The New Takeuchi Journal Plus+

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「グラン・トリノ」

映画

ほとんど映画を見て涙が出るということもないのだが、この映画を見終わったとき、自分は少し上のほうを向いて涙がこぼれるのをおさえた。そのままじっとしていたら涙は潮が引くみたいに戻っていったが、逆に余韻はズーンと胸のほうに来た。


もう語るのもなんなので見ていただきたいというだけなのだが、イーストウッドは本当に胸を打つ。演技はいうまでもないのだが、監督としての視点、セリフの熱さ、とにかくビンビンにメッセージが届く。派手な話じゃないし、別に物語だってとくに意外性があるものじゃない。でもね、そういう映画じゃない。現代のアメリカを舞台にした古典になるべき映画だ。


イーストウッドのクソじじいっぷりが全編通して最高。がんこは行過ぎるとギャグになる。実際にあんな爺さんがいたら煙たくてしょうがないだろう。オバQのカミナリさんみたいな感じだ。映画館ではけっこう笑いもおきていて、よかった。


細かい演出もうまいんだよな。とくに自慢のグラン・トリノを見ながらビールの缶が積みあがっていって時間の経過を表したりするところは最高。愛車をつまみにビールを飲むって、あの感覚がわかる女の人は少ない気がする。あと、実の息子が誕生日に買ってきたケーキのまずそうなこと!白いケーキに青い字で「HAPPY BIRTHDAY」はないだろ。それに比べてモン族の人の食事はおいしそうで、そのコントラストがはっきりしてる。


この映画で一番大事なところ、今この映画が撮られた意味っていうのは、「グラン・トリノ」というアメリカの象徴的なものがポーランド系移民のコワルスキーから、ラオス系の移民のタオに受け継がれていくってところだと思う。アメリカというのは、もともと移民の国だ。そこに自ら起こしたベトナム戦争に起因したモン族がさらに移民として入ってきた。アメリカにきたモン族は、そこに徐々に適応して若者は英語をしゃべり、ヒップホップをガンガン流すギャングになったりする。それを受けいれるのがアメリカで、その懐の広さがすごいところだと思う。移民の国だというルーツの再確認がこの映画のテーマといって良いだろう。ケニア系のオバマがアメリカのバトンを引き継いだことも思い起こされる。


それにしても人種の差別や悪口は、ものすごくバリエーションに富んでいる。でもイタリヤ系やアイルランド系のオヤジとコワルスキーの会話を聞いていると、男は毒舌をノーガードで打ち合うことによってわかりあえるんだという、おおらかな気分になってくる。ラストは「おれはなんでもできる」と豪語していたコワルスキーおやじが自分の花道まで自作したというわけでお見事としか言うほかない。病気に殺されるくらいなら、大事な人のために死ぬほうを選ぶのが男ってもんでしょ。2時間のイーストウッド男塾集中授業は最高だった。