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「それでもボクはやってない」

昨日の反省会で、他に見に行く候補になった映画の話になった。そこで挙がったのが周防監督の久々の作品「それでもボクはやってない」だ。やっぱり、こっちにしておけばよかったんだぁ〜、いやhitomi以外は「悪夢探偵」もよかった、などという話をしていて、急に見たくなった。


折りしもグダ〜ッとソファーで寝てしまって、寒くて6時に起きてしまった。今日の予定は部屋の掃除と毛布・シーツ関係の洗濯のみ。じゃあ、このまま2度寝しないでやっちゃえ!と、がぜんアグレッシヴになって、なんとか8時半にはほとんどのことを片付けた。そこからいろいろ準備して錦糸町へ!9時半の初回にギリギリ間に合った。


悪夢探偵」との一番の違い。それはセリフの量だった。裁判モノの映画ということもあり、とにかく言葉が多い。「異議あり」とかは分かるんだけど「不見当」とか、忘れちゃったけどいろいろ専門用語が多い・・・というかありゃ方言だよ。防御を固めてしゃべるうちに不思議な言葉になっちゃった感じだった。「不見当」っていうのもレ点を打つと『見当たら不(ず)』ということで、証拠物件があるかないかどうかはさておき、見当たらないという意味らしい。


加瀬亮演じる主人公は痴漢の冤罪で酷い目にあってしまう。いろいろな人のメンツ、プライド、常識とされているもの、職業による価値観の違いなんかが絡み合って、誰も悪い人はいない(強いていえば本当の痴漢犯人が悪いのだが、それは裁判の現場にはでてこない)みたいなのに、加瀬亮はどんどんドツボにはまっていく。見終わったあとも釈然としないところはあるのだが、じゃあどうしたらいいのかという答えが出てこない。


裁判官だって、そりゃあ人間だしなぁ、と思うので一概に批判はできない。結論としては人間が人間を裁くことができるのだろうか?というところに行き着いてしまう。でも、野放しにしてはいけないこともあるし・・。最後に判決が下り、主人公が心の中で「真実は神のみぞ知るという。けれどももう一人、ぼくも真実を知っている」というくだりがあり痛切だ。胸が痛むっていうのはこういうときに使っていいのだと思う。


結局、人間はまちがえることもある・・・悲しいことに。そういうことなんだと思う。なんとなくだが、司法試験のハードルが高くて、弁護士とかが高給取りなわけが分かった。とんでもないリスクを背負っているということなんだと思う。自分はいくらもらっても人を裁きたくない。裁判員制度が始まるのが怖い。人を裁くのは怖いが、それも繰り返していくうちに慣れてしまうのだろうか?慣れちゃダメだよな。人を裁くたびに自分の心も痛まないとおかしい。でも、慣れちゃうんだろうな。これもまた悲しいことに。


ひとつだけ救いがある。それは加瀬亮を無罪だと信じる人がたくさんいることだ。真実を知っているのは「ぼく」だけかもしれないが、その「ぼく」を信じる人は、もたいまさこ演じる母を筆頭にたくさんいる。もちろん映画を見た自分もその一人だ。