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首都圏の残雪

残雪もようの首都圏。雪の残り方をみているといろいろと想像がふくらんでくる。
雪がとけているところは、第一に陽の当たる場所。次に車や人が多く通る場所。その次はやる気あふれる場所。

最後の「やる気あふれる場所」というのは、主にサービス業の店の前など。銀行なんかの周辺は日頃から掃除をしているだけあってかなり気合いが入っている。ぼくの住んでいる団地でも積極性のある棟の前はバッチリ雪がどけてある。そんな雪のない道は多くの人が利用するため、ますます通りやすく快適になっていく。

一方、となりにイトーヨーカドーがある上にカルフールの進出などで、存亡の危機もウワサされるオリンピック幕張店は悲惨な有様だ。店の前なのに、日陰のためかなり雪が残っていて、数日たってしまった現在凍結がすすみ、容易なことではとけないであろうことが予想される。

店員が早期に手を打つべきだったのだろうけど、雪が多すぎてやる気がなえた、最初から誰もやる気がなかった、下っ端に除雪を命令する上司がいなかった、雪を愛する社風だった、雪を残すことで他店との差別化を図った、などなどの理由でこの惨状だ。どの理由にせよこの残雪は、少ない客足がさらに遠のく一因となっている。ぼくも自転車を押さなければいけないので、一瞬入店をためらった。駐車場入口もひとつふさがってしまっている。おばあさんなんかは雪の少ないイトーヨーカドーに行ってしまうだろう。

サービス業意識の薄い運送屋の前もなかなかすごい。うちのトラックだけ出られればいいや。そんな意識がありありと分かる除雪作業がなされている。地域貢献など鼻にもかけぬこの所業。政治的妥当性が幅を利かせるこのご時世に、かえってこの態度は潔い。
もっとすごいところもあった。普通の歩道なのだが、雪山ができていて通行できなくなっているのだ。最初は子供が雪山を作ったからそうなっているのだとばかり思ったが、近づいてみるとどうもおかしい。その歩道に面した家の車だけが出られるようになっているのだった。歩行者を無視して、自分の家の車だけが出られれば良いというこの意識。

こんなモラルをみなさんどう思います?なんて問いたくなる以前にぼく自身あまりモラリストでないので、大きなことはいえないし、興味はない。それより、この家は地域社会においてどういうポジションにあるのか気になる。なにしろ、他人の通行を妨げて許される家なのだ。ぼくだったら怒鳴り込まれるのが怖くてとてもできない。ものすごく強気な家か、やくざものの家か、さもなきゃ周辺住民ともとから反りが合っていないことが予想される。

その通りをしばらく歩くと、また同じような雪山が現れた。ああ、分かった。このへんの住民は仲が悪いね。それもお互いに反目し合っている。この雪山はいやがらせ合戦の産物だったようだ。しかし、それに巻き込まれるぼくのような第三者はどうなる。いつもの道を迂回させられて・・・・ちょっと損した気分だ。でも怒らない。みんなそれぞれの事情があって、それぞれのそんなセコイ行いが世の中をつくっていると思うと、むしろほのぼのしてくる。ぼくのセコイ生き方も、それなりの意味があるような気がしてくる。

この残雪。興味深いのはこれからである。一週間も経てば、たいていの場所は雪がなくなるはずだ。二週間たてば、雪をみてまだ残ってたんだ、と感慨深げになるかと思う。勝負はそこからだ。最後の雪はどこに残るのか。それが知りたい。日陰で、人も通らず、まして雪かきなど絶対にされない。除雪されたあとの雪山でなく、誰も足を踏み入れなかった最後の新雪。ある意味、地域一番の日陰ゾーンが決定するのだ。それは地域一番の不要な土地にも思え、弱いものびいきのぼくはそんな存在に共感を覚えることができそうだ。

だから、残雪もようの首都圏のこれからに注目したい。