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エレファントカシマシで今年を締めくくる

昨年のちょうど今頃、エレファントカシマシがフジテレビの「Hey,Hey,Hey・・」に出演したのを見たぼくはとてもびっくりした。それで、以下のようなメールを友だちに打った。

ダウンタウンの「Hey,Hey,Hey・・」にエレファントカシマシが出演した。宮本は、いつもながらの破天荒なトークの後、新曲「ガストロンジャー」を・・・・した。わたしは、正直なところ、どう言って良いのか分からない。宮本は歌ったのか、演奏したのか。

歌と曲との関係は微妙だ。曲に合わせて歌っていれば、歌は曲に付随することになる。歌が曲によりかかっている。逆に歌が曲を喰ってしまうこともある。名ヴォーカリストの場合、そういうケースがある。

じゃあ、バランスが良ければいいのか、といえばそうも言えない気がする。我々は曲があって、歌があってという状況に慣れすぎているために、この二つが、てっきり仲がいいものだと思っている。二つのバランスが良ければ、良いであろう。双方が、お互いを生かすような関係が、理想のように思いがちではないだろうか。

エレカシの新曲は、曲と歌をぶつけ合うことによって、この関係性を問い直すという、信じられないような曲である。宮本はいわゆる普通に歌を歌うようには歌わない。曲になどあまり合わせない。歌いたいことを歌う。曲に合わせたくなれば合わせる。

「化けの皮を剥がしにいこうぜおい。さあ勝ちにいこうぜ。でたらめでもなんでもいいんだ。」
なんの化けの皮を剥がすか。なんでもいい。もちろん、歌と曲の関係性でも良い。吐き捨てるように、いろいろなことを言い捨てる宮本だが決してラップにならない。いわゆる我々になじみのあるラップとは言えない。

きっと、宮本にとっては、ラップも化けの皮を剥がす対象なのだ。だから、これまでにないような一種、異様な歌い方をしなければならない。それを「気持ち悪い」の一言で片づけることは出来ないし、死ぬ気で叫ぶ宮本に対しては、聞き手も差し違える覚悟で聴く必要がある。聴き方を強制する歌い方なのだ。それを強制することで、逆に自由の意味を再考させる会心の作である。

P.S.番組終了後、ドン・キホーテで「ガストロンジャー」を買った。見つけるまでに、二軒もはしごした。売り切れている店が多い。

 

そんな狂信的なメールだったのだが、今でもその評価はいささかも揺らいでいない。それで、めったにライブに足を運ばないぼくは重い腰を上げて、千葉文化会館に向かったのだった。

結果からいうと予想通りのすごさだった。予想以上に・・・といいたいところだが、これくらいのすごさは予想していた。でも、なにが「すごい」のかはさっぱり分からなかった。

それでライブの帰り、勢い余ってカラオケに行ってきて、そこで例の「ガストロンジャー」があったのでためしに入れてみた。この曲は終始、メロディーから歌が逸脱するので、歌詞の色が変わっていかない。だから、画面を見ていてもうまく歌えない。はっきりいって難易度は最高で、友だちとぼくはあまりのむずかしさにあきれた。カラオケにならないのだ。

去年のメールにも書いたように、歌と曲がかみ合わず、わけの分からないきしみのようなものが生まれる。ぼくも普段から歌と曲がかみ合っているものばかり聴いているので、まったく対応できなかった。染みついた常識ってやつは手強いなあ。そう思った。

やはり、既成のものをぶちこわすのはむずかしい。その辺にあるガラスをぶち破るのは簡単だ。もっと根本にある、「窓にはガラスがはまっているもの」という思いこみをこわすのがむずかしいのだ。ある日、家の窓ガラスがすべて壁になってしまっても、それから数日は窓を開けようと立ち上がろうとするのではないだろうか?そのたびに苦笑いで「ああ、壁になったんだ」と思い出し、いつしか、かつて窓があったことを忘れて、壁であることを常識として受け入れていく。

窓とか、つまらないことなら良い。もっと、生きていく規範となるものにも同じことがいえる気がする。いうなれば「慣れ」で生きている気がする。それがいいのか悪いのか分からないし、ケース・バイ・ケースだといってしまえば、“よくできました”のハンコを押してもらえると思う。それでも、「慣れ」で生きることには無性に苛立ちを感じる。「慣れ」という言葉のイメージからのマイナス面もあるかも知れないが、言い方を変えたところで、苛立ちは残る。

そんなことを考えていたら「ガストロンジャー」のすごさが少し分かった気がした。苛立ちをうまく表現した曲で、これに似た曲がどこを見回してもないということは、はじめて苛立ちを余すところなくとらえることに成功したケースのように思える。たぶん、はじめて聴く「ガストロンジャー」は非常に珍奇なものに聞こえると思う。それはこれまでにない新しい曲だからで、受け入れにくいかも知れないけれど、とてつもないパワーだけは誰にでも伝わってくると思う。

それで、今年一番良かったアルバムを考えていたぼくは、同曲を収録したエレファントカシマシ「グッド・モーニング」を選ぶことに決めた。